仁、保護犬——ただ側にいるだけでいい
「仁」という言葉がある。
どんな時も、ただ側にいる。
多くを語らず、飾らず、ただそこにいる、という意味を持つ言葉だ。
保護犬との暮らしを続けていると、この「仁」という言葉がふと頭に浮かぶ瞬間がある。
何かをしてあげなきゃ、と思っていた
保護犬を迎えたばかりの頃、私はずっと「何かをする」ことに必死だった。
散歩に連れて行かなきゃ。
しつけをしなきゃ。
心を開いてもらわなきゃ。
おもちゃを差し出しても、優しく話しかけても、なかなか警戒は解けない。
焦る気持ちばかりが先に立って、「もっと頑張らなきゃ」と、勝手に自分を追い込んでいたように思う。
何もしない時間が、変えてくれたもの
転機は、特別な出来事があったわけじゃない。
ある日、疲れて何もする気力がなくて、いつものように話しかけることも、構うこともせず、ただ床に座っていた。
そのとき、犬がそっと部屋の隅から出てきて、少し離れた場所に丸くなった。
何かをしたわけじゃない。ただ、そこにいただけ。
それなのに、初めて自分から距離を縮めてくれた。
「頑張る」より「ただ、いる」
それから少しずつ気づいていった。
保護犬が必要としていたのは、何かをしてもらうことじゃなくて、ただ安心して隣にいられる時間だったのかもしれない、と。
- 無理に触ろうとしない
- 無理に名前を呼ばない
- ただ同じ空間で、同じ時間を過ごす
そんな「何もしない」時間の積み重ねが、安心になっていったように思う。
保護犬との暮らしは、「頑張って心を開かせる」ものだと思い込んでいた。
でも実際は、頑張らない時間の中にこそ、信頼が育っていくものなのかもしれない。
仁という在り方
どんな時も、ただ側にいる——「仁」という言葉が持つその在り方は、保護犬との関わり方そのものにも重なる気がしている。
特別なことをする必要はない。
多くを語らず、無理に距離を縮めようとせず、ただ隣にいる。
それだけで、少しずつ伝わっていくものがある。
ただ側にいるだけでいい
保護犬との暮らしは、劇的な変化を求めるものじゃないのかもしれない。
今日も、明日も、ただ隣にいる。それだけで十分なのだと思う。
何かをしてあげなきゃ、と思っているすべての人に伝えたい。
ただ側にいるだけで、十分なんだと。
この記事が、保護犬と暮らす人、これから迎えようとしている人の参考になれば嬉しいです。

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